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ニコライ堂の神父をやっていた私のご先祖の話

■2018/01/14 ニコライ堂の神父をやっていた私のご先祖の話

インテーク(初回のカウンセリング)のときにはクライアントに必ず家族のことをいろいろ教えてもらいジェノグラム(家系図)を作ります。
 
遺伝的なことや環境風土的なことなどを考えるとできれば三親等、つまり、おじさん、おばあさん、そして、曾祖父さん、曾祖母さんのことまで教えてもらう必要があるものです。
 
まあ、おじさん、おばさんのことは知っていても、曾祖父さん、曾祖母さんのことまでは何かの文献上の記録でもないとなかなか分からないものですね。
 
クライアントのことは具体的に話すことはできないので、自分の家系のことを少し開示します。
 
写真は私の曾祖父さんで三井道郎といいます。
 
この衣装は何かというと、ロシア正教会の正装で、御茶ノ水のニコライ堂の神父をやっていたのです。
 
もちろん日本人ですよ。
 
神父ということで身内では一応偉人として崇められているのですが・・・・
 
ニコライ堂とは、ロシア人ニコライ・カサートキンが幕末に日本に来て宣教活動して創った建物です。
 
三井道郎はそのニコライの弟子だったわけです。
 
神父ということで身内では偉人として崇められているのですが・・・・
 
先日、銀座の教文館で「宣教師ニコライの全日記」という本を見つけました。
 
ニコライが日本に来て1870年から 1911年までの41年間もの日々の日記を紹介したもので全9巻の大著です。
 
日露戦争前後の人々の様子だとか、1896年の6月にはやはり岩手、宮城で大津波が発生し万単位の犠牲者が出たとか、歴史を知る資料としてはかなりのものです。
 
そして、ニコライ個人の日記ですからニコライの本音がそのままでているわけです。
 
ニコライの命を受けて曽祖父は金沢の伝教者の離婚問題の調査に行ったようなのですが、その問題の本質を見ぬけなかったようで1899年7月7日の日記によると「三井がいかに駄目な司祭であり、駄目なキリスト教徒であるか初めてわかった」とニコライは記しています。
 
また他の箇所ではニコライからの返信がなかなか来ないので、三井はひどく混乱し錯乱寸前になったと記されています。
 
どうやらてんかんの発作持ちだったようです。
 
私はてんかんまではないのですが、この日記を読んでご先祖の言動を知ると私の内面と通じるものがあるのを感じてしまいます。


 


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